白箱のスターチス

5/16
前へ
/16ページ
次へ
+++ 「今日は寒いですね、音尾さん。」 ベージュのカーディガンを着た看護婦さんがやってきた。起き上がって迎え入れようとすると、左足に激痛が走る。ああ、どうしてこんなに痛いんだ!と左足を睨みつけていると、看護婦さんは僕の背中に触れてベッドへ誘った。それから、僕の肩に一枚のタオルケットをかけてくれた。 「明後日の手術に備えて、風邪ひかないようにしないと。」 僕のためにタオルケットを家から持ってきてくれたらしい。(天使だ…。)看護婦さんはふわりと笑って「手術して歩けるようになったら、一緒にお散歩しましょうね。」と言った。これはデートのお誘いだろうか…。いや、社交辞令的なものか?それでも、こんなによくしてくれる看護婦さんに何かお返しが、プレゼントでもあげられたらいいのだが。 「花は、好きかな。」 「花ですか?花は好きですよ。」 「そ、そうか。僕も花は好きなんだ。」 それなら、花束なんてどうだろう。キザに思われてしまわないだろうか。 今まであまり女子と関わったこともなく、女の人が何をもらって喜ぶのかわからない。 「音尾さんは何の花が好きなんですか?」 「僕かい?そうだな、僕はスターチスが好きかな。」 「スターチス!」 その名を聞いた途端、看護婦さんはぱぁっとさらに表情を明るくさせた。心臓が高鳴ったのがわかる。ある日母さんが記念日だからと買ってきたのがスターチスだったのだ。庭先に花を飾る母さんの笑顔が好きで、僕はあっという間にその花が好きになって、同じ時期になると毎年花屋に買いに行ったのを覚えている。 「うれしい!私も、スターチスが一番好きです。」 「同じ花が好きなんて、奇遇だ。」 数ある花の中から同じ花を好きになるなんて。きっと母さんが飾った花が別の花だったなら、今こうして看護婦さんの素敵な笑顔を拝む事もなかっただろう。 もし僕が歩けるようになったなら、まず一番に花屋に行こう。そして、両手に余るくらいのスターチスの花束を看護婦さんに贈ろう。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加