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第一章 邂逅
「横浜の雄、剣菱商店、倒産の危機か」
新聞のトップを飾る黒々とした文字に、白河暁斗はふらりと眩暈を覚えた。
時は朝。場所は茶の間。ただし実家ではない。ここは、実家がある横浜から遠く離れた帝都の只中。天神様にほど近い、湯島にある古びた下宿だった。
暁斗の他には老夫婦だけが住んでいるこの下宿先では、毎朝食事の席に新聞が置かれる。まず家の主人が食事中にそれを読み、読み終わったら暁斗にくれる。そして大学へ登校する前に、暁斗が一通り目を通す。それが常の習いだった。
しかし今日は、主人が二日酔いで起きてこなかった。食事中に雑事をすることはならぬと躾けられている暁斗は、食事を終えてから初めて新聞を広げた。
そこで目に飛び込んできた文字が、先ほどの報道である。
剣菱商店は創立三十年強。老舗と呼ぶには程遠いが、注目に値する規模を誇っていた。特に、先だって始めた欧州向けの陶磁器や絹織物の輸出が順調で、数々の商社が跋扈する横浜にあって、世間に十分名を知られている。
その剣菱商店が、いま倒産の危機にあるという。そして剣菱商店こそ、暁斗の実家だった。
「そんな……全然聞いていない……」
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