第一章 邂逅

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身にまとった上質なスーツも、添えられた花に過ぎないと暁斗は感じる。貴公子と呼ぶにふさわしいその様に、同性ながら否応なく惹きつけられた。 それでも、まじまじと見ることは無礼に当たると思い、暁斗は無理やり目線を外す。しかし、顔を久我山に向けながら、うっすらと?が紅潮していることが自分でもわかった。 「彼は、上條灯真(かみじょう とうま)伯爵だ。私とは旧知の仲でね。今日は、彼と君を引き合わせるために、ここに呼ばせてもらった」 「私を…?」 どうしてと、暁斗は目を丸くした。暁斗の家は、確かに今ではそれなりに名を知られた会社だが、起業した祖父の由貴次郎は平民だ。嫁入りしている祖母や母も、決して貴顕の出というわけではない。 商売の関係で由貴次郎や勝治と顔を合わせるというのであればわかるが、なんの力もない自分などに一体何の用だろうと、暁斗は戸惑いを露わにする。 「突然呼び立ててすまない。久我山氏には、私が頼んだ」 「は、伯爵閣下が…?」 「上條でいい」 バリトンの柔らかな響きは、男にふさわしい落ち着きだった。だが暁斗は、上條の美声に聞き入る余裕などなく目を丸くする。 「そんな、どうして……」 「上條君は書生を探していてね。フランス語に堪能で、経済関係にも明るいと尚よいとのことで、君を置いて他にあるまいということになったのだよ」     
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