第一章 邂逅

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言われたことの半分も理解できなかった。住み込みなど聞いていない。てっきり、上條の気が向いた時に呼びつけられるものとばかり思っていた。 「当然だ。私は事業をいくつも手がけている。帰りは遅いし生活は不規則だ。時間を合わせるためには、住み込んでもらう他ない。 もちろん生活は保障するが、私の家は目白の方面だから、今よりは不便をかけるだろう。資金援助は、私の我儘に付き合わせることへの謝礼だ」 「そんな……釣り合いません。私の語学力に、そこまでの価値があるとは思えません」 顔色を青くしながらきっぱりと首を振る暁斗に、上條はふと笑みを漏らした。 口角が上がり眦が下がると、随分と雰囲気が変わる。彫りの深さと整った顔立ちのせいで、どこか厳しい印象が先立っていたが、急に人当たりが良く優しげになった。 「安心したまえ。するのはあくまでも融資。事業が持ち直したら返してもらう。だから君がそんなに恐縮することはない。 それとも……君のお父上は、この危機を脱せない程度の才なのかね?」 「そんなことはありませんが……」 挑発し返すような物言いだったが、ぼんやりとしていた暁斗は、思わず素のままで返してしまった。 事実、暁斗の父親である勝治は有能だった。思い切りはいいが丹念に準備するし、過去の栄光にしがみつくこともしない。     
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