第二章 心酔

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屋敷だけではない。庭もまた壮麗だった。日当たりがよいため、芝生はいつも青々と茂っている。花はそう多くなかったが、代わりに多種多様な樹木が四季折々の変化を見せてくれ、心地の良い木陰を形作っていた。 それこそ、少女が夢見る西洋のお城のようで、未だに門扉から玄関までのアプローチを歩くたびに緊張する。本当に自分がこんなところを歩いていいのか、体の良い笑い者になってはいないかと、じわりと掌に嫌な汗が浮かぶ。 それでも、上條との生活そのものが憂鬱なわけではなかった。むしろ、快適すぎて怖い。 上條は自分で言った通り、暁斗に全く不自由をさせなかった。いや、いっそ過度ともとれる厚遇に、暁斗は恐縮する一方だ。 「そもそも、こんなお部屋を頂くわけにはいかないんだけど……」 大学の講義を終え、上條邸に帰ってきた暁斗は、自室でぽつりと呟いた。 暁斗に与えられたのは客間の一室で、置かれた家具も調度品も、実に見事なものだった。建築設計した者の好みか、アーチ状のアルコーブが壁面に備えられ、寝椅子としても使えるようになっている。 テラスへ出る窓の枠もまたアーチ状で、全体的にエキゾチックな造りになっていた。壁紙やカーテンもそれに合わせたアラベスク文様で、まるで異国の姫君のためのような部屋だった。庶民の、それも男の自分には、とてもではないがふさわしくないと暁斗は頭を悩ませる。     
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