第二章 心酔

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あとから書生用の和室が別にあることを知って、そちらに移らせてくれと上條に頼んだが許してもらえなかった。曰く、書生部屋は遠く、呼びつけるには面倒だと。 確かに、書生部屋は使用人の休憩室の隣で、上條の書斎や寝室からは一番遠い。その点、暁斗に与えられた客間は上條の寝室と隣り合わせで、呼ばれればすぐに応じられた。 事実、多忙を極める上條の生活は不規則で、せめて要望には常に応えようとしている暁斗は、このところ慢性的な睡眠不足に悩まされていた。 だがそれでも、上條が寝付くまでは寝台に入る気にはなれないし、上條より遅くに起きたくはない。面倒を見てもらっているという引け目は、無論ある。だがそれ以上に、上條の期待に応えたかった。 上條は、まさに貴公子だった。 暁斗が望まれたのは詩の朗読とフランス語での雑談だったが、言葉の端々から上條の豊かな教養が感じ取れた。 言葉尻は鋭く表情も固いが、それが決して傲慢さからくるものではないことを、暁斗は理解している。 不器用なだけなのだろう。育ちの大半がフランスだったことも、起因しているのかもしれない。 でなければ、暁斗が雑談のさなかに漏らした好物をわざわざ食事に出してくれたり、取り組んでいる課題に関する本を書庫から出して暁斗のデスクに置いてくれたりはすまい。     
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