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銀行からの融資が焦げ付いているだの、フランス向けに始めた陶器の輸出がはかばかしくないだの、あれこれ書かれた文面を読みながら、暁斗は呆然と呟いた。
暁斗はこの春から帝国大学に入学し、横浜の実家を離れて一人下宿をしている。家を出て半年ほどが過ぎたが、実家には盆の時期に数日帰ったっきりだ。
しかし、もしこの記事が本当ならば、一言くらいあって然るべきではなかろうか。いくら遠いとは言っても、手紙はやりとりしているし、電話も先週一度掛けている。だが手紙でも電話でも、両親は家業が逼迫している様子などちらりとも伺わせなかった。
「まずは電話を、確認をしないと……」
暁斗は学生鞄を手に取ると、慌ただしく下宿を出た。
下宿先には電話がない。そのため、大学に行く道すがら喫茶店に立ち寄った。友人達とも時々使う喫茶店で、暁斗は顔見知りの店員に「電話をお貸し下さい」と伝える。
店員の快諾を受けて、暁斗は家に電話を掛けた。交換手に取り次いでもらっているその数十秒が、ひどく長く感じられた。
「おはようございます、暁斗さん。どうなさったの、こんな朝早くに」
のんびりとした声は、女中ではなく母親の美代子のものだった。
「おはようございます、お母様。どうなさったのじゃありませんよ」
一応朝の挨拶は返したが、あまりにもいつも通りな美代子の様子に暁斗は呆れ返った。
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