第一章 邂逅

1/16
278人が本棚に入れています
本棚に追加
/207ページ

第一章 邂逅

「横浜の雄、剣菱(けんびし)商店、倒産の危機か」 新聞のトップを飾る黒々とした文字に、白河暁斗(しらかわ あきと)はふらりと眩暈を覚えた。 時は朝。場所は茶の間。ただし実家ではない。ここは、実家がある横浜から遠く離れた帝都の只中。天神様にほど近い、湯島にある古びた下宿だった。 暁斗の他には老夫婦だけが住んでいるこの下宿先では、毎朝食事の席に新聞が置かれる。まず家の主人が食事中にそれを読み、読み終わったら暁斗にくれる。そして大学へ登校する前に、暁斗が一通り目を通す。それが常の習いだった。 しかし今日は、主人が二日酔いで起きてこなかった。食事中に雑事をすることはならぬと躾けられている暁斗は、食事を終えてから初めて新聞を広げた。 そこで目に飛び込んできた文字が、先ほどの報道である。 剣菱商店は創立三十年強。老舗と呼ぶには程遠いが、注目に値する規模を誇っていた。特に、先だって始めた欧州向けの陶磁器や絹織物の輸出が順調で、数々の商社が跋扈(ばっこ)する横浜にあって、世間に十分名を知られている。 その剣菱商店が、いま倒産の危機にあるという。そして剣菱商店こそ、暁斗の実家だった。 「そんな……全然聞いていない……」     
/207ページ

最初のコメントを投稿しよう!