第1章

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 私は以前、役所に勤めていたことがある。  といっても、アルバイトだ。夜や土日は職員がおらず、その間に市民から書類をあずかる。それが、自分の仕事であった。  あくまで、仕事は預かるだけだ。ちゃんとした手続きは職員が開庁してる日に行う。自分らは預かるだけ。それでも、死亡届けなど、即座に処理しなきゃいけない案件もあり、多少はこちらも書く仕事がある。いや、それでも主な仕事は職員たちにあるのだが。  しかし、段々と――段々とだが、役人のように手続きをしていると、感覚が鈍くなる。死亡人の住所など、自分と近いはずなのに、記号に見えてくる。ああ、何々さんという人が死んだという感覚より、ただ機械的に処理するような。人の心が消耗していくような。  自分が泊まりがけで夜間出入り口の窓口にいると、死亡届けを持ってきた人が現れた。大抵、死亡届は葬儀屋が持ってくる。 「こんばんわ。それじゃ、こちらに記載を――え」  持ってきたのは大柄の男で、黒い喪服、書類一式を持っていた。  彼には、顔がなかった。 「こちらで、書いてもらえるんですか?」 「あ、え、あぁ、はい」  書かなきゃいけない書類を用意し、自分も協力して書類を作成する。  彼の顔を見たとき、自分はどこか(ついに来たか)と悟っていた。不思議と恐怖はなかった。 「それは、私が来たときも書かれたのですか?」  男は、私に向きながら言った。  彼は、顔のない顔で私をじっと見つめ――気がつくと、誰もいなかった。 「……あ」  真っ暗闇の役所内。  深夜の窓口の前には誰もおらず、私はただ一人、突っ立ってるだけだった。  呼吸を整えてから椅子に座り直し、頭を抱え――しばらくすると、自身でほほを叩く。意識が覚めたようだ。 「書類じゃないんだよな」  書類に書かれてることは、ただの文字じゃない。ただの数字じゃない。これまで生きていた、人間なのだ。  どこか啓示的な出来事だった。恐怖は感じなかった。  むしろ、自分がまた先程のように精神が磨耗してきたら、再び活を入れて――いや、それは甘えだ。そんなこと、死者に頼むことじゃない。生者が、自力でやらなきゃいけないことだろう。  仕事は続く。 (了)
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