たこ焼きふたつ

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たこ焼きふたつ

おれが住んでるアパートの隣に老夫婦が住んでいる。 そこのじいさんは、たこ焼きが大好物らしく、よくたこ焼きの袋をぶら下げて、鼻歌とたこ焼きソースのにおいを漂わせながら帰って来るところを見かける。 袋の中には、いつもたこ焼きが二つ入っている。 一つは、ばあさんの分だろう。 ばあさんは一年ほど前から病気を患って寝たきりだ。 家事も買い物も、今はすべてじいさんがやっている。 大変ですね、って言ったら、「夫婦だから仕方ないさ。それに苦ではないんだ。買い出しの褒美に、好きな時にたこ焼きを買っていいと言われてるから、実は嬉しいんだ」 そう言って、じいさんは子供みたいに笑っていた。 おれがまだ引っ越して来た当時は、ばあさんは元気だった。 いつも玄関前の掃除をしたり、花に水あげたり、草むしりなんかもやっていた。 たまに来る野良猫に餌なんかもあげてた。 顔を合わせると、「今日は天気がいいね」とか「これから学校? 頑張ってね」とか「風邪ひかないようにね」とか、気さくに話しかけてくれる優しいばあさんだった。 だけど、今ではめっきり姿を見せない。 心配で尋ねると、「昔のようには動けないが、食欲はあるから大丈夫」とじいさんは言っていた。 そして、「心配してくれてありがと」と。 おれは、この夫婦が好きだった。 ばあさんの姿が見えなくなって、数日置きぐらいに大きな買い物袋とたこ焼きを持ったじいさんの姿を見るようになった。 そして時々、たこ焼きを三つ買って来ては、おれに一つくれた。 おれがしてあげられた事は、電池や電球の交換ぐらいだった。 そんなじいさんも、介護疲れからか日に日にやつれていった。 それが悲しくて、おれは手伝いを申し出たが断られた。 役所への相談も提案したが、結果は同じだった。 他人に迷惑をかけたくない。 それが、ばあさんの希望らしい。
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