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ある日、バイトに向かおうと外に出ると、いつものように買い物袋とたこ焼きの袋をぶら下げたじいさんと出会った。
よく見れば、袋に入ったたこ焼きは一つだった。
「今日は、一つですか?」
「最近、ばあさんの食欲も落ちて、二つでは残してしまうんだ。だから、二人で半分こだよ」
じいさんは少し寂しそうに、そう言った。
何かあれば、遠慮なく言ってください。
と伝えたが、じいさんは笑ってただ「ありがとう」と言うばかりだった。
それから、じいさんの買って来るたこ焼きは一つになった。
「最近は、ばあさんと一つで十分になった。わしも歳だな」
そう笑って部屋に入っていくじいさんの背中は、だんだん小さくなっているように見えた。
別の日には、アパートのゴミ捨て場にたこ焼きが数個残ったままのパックが捨てられていた。
じいさんの姿も前よりは見かけなくなって、おれは心配で時々訪ねてみると、「風邪ひいたから」と笑っていた。
だから、食欲があまりないのだと。
そんなある日。
おれが部屋で横になっていると、ドアをノックする音が聞こえた。
ドアを開けると、外にはじいさんが立っていた。
痩せこけた満面の笑みで、おれに袋を差し出した。
そこには、たこ焼きが三つ入っていた。
「たこ焼き食わんか?」
「はい、いただきます!」
おれはじいさんから、たこ焼きを一つ受け取った。
残り二つ。
それはきっと、じいさんとばあさんの分だろう。
「今日は二つなんですね」
「そう二つ。ずっと、調子が悪くて食べられなかったが、今日だけは……いいんだ」
じいさんは少し寂しげに微笑んだ後、自分の部屋に帰って行った。
おれはその時、ばあさんが元気になったのだと思っていた。
だが、それは違った。
ちょうどその日の朝、ばあさんはこの世を去ったそうだ。
じいさん、結局二人分のたこ焼きを食べて、腹がパンパンになったと、しばらくしてから言っていた。
今でもじいさんは、たこ焼きを買って帰って来るようだ。
前ほど多くはないが、買って来る時はいつも二つ。
一つは必ずおれにくれる。
もう一つは、仏壇のばあさんと半分こして食べるのだそうだ。
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