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「しっかりして」
私はそう呼びかけて、彼女をだきかかえた。もちろんその声も、わたしの意思によるものではない。体を動かしているほうのわたしがそう言ったのだ。変な感じだ。はじめて、録音された自分の声を聞いたときのような、そんな違和感をおぼえる。
どうやら、わたしの意識とまるで関係なく、ここにいるわたしは自ら考え、行動しているらしい。他人の体に、わたしの意識だけが入りこんでしまった。つまりはそんな状況にあるのだろうか?
それとも、これは夢? そう。夢なのかもしれない。だとすれば、納得がいく。けれど、なんて鮮明でリアルな夢だろう。
彼女が気づき、うっすらと目をあけた。そしてしばられているのに気づいて、身をほどこうとあばれだす。
「しっ、静かに」
わたしはそう言いながら、彼女の手足の縄をほどいてやった。きつく縛られていたのだろう、その痕はいたいたしく赤く鬱血している。
こうした一連のやりとりからわかるのは、わたしと彼女と知り合いである、ということだった。
「あなた大丈夫なの?」
「わたしは平気よ。さあ、早く逃げるの」
「でもどうして? あいつらは何をするつもりなの……」
「決まってるでしょ。わたしたちを始末しようとしてるのよ」
「始末?」
「殺すつもりなの」
ひっ、と思わず息をのむ彼女。
どうやらわたしたちは、ただならぬ状況に追いつめられているらしい。
状況を整理しているひまもなく、廊下のほうから音がした。
「彼……彼がきたの?」
「しっ」
おびえる彼女を制し、わたしたちは息をひそめた。
来る。何者かがここへやって来る。
「ねえ、わたしが話せば、きっと彼はわかってくれる」
「まだそんなことを言ってるの? やつはそんな男じゃない。自分の利益のことしか考えてないんだよ」
わたしは部屋を見回して、奥にあるもうひとつのドアに気づくと、かけよってそこを開いた。こっち。手をふって彼女を呼び、となりの部屋へうつる。
棚がならび、ダンボールが積み重なる倉庫らしき部屋。そこをぬけ、さらにおくへと進むと、踊り場のような空間があり、非常階段があった。その上へとにげる。
後方がさわがしい。彼らがせまってきているのだ。
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