9. ララバイ

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 ユキの瞳が大きく開かれている。 「東京タワーだわ!!」  ユキの目の前には、ビルの合間にそびえ立つ見慣れた赤い電波塔があった。  夏の雨上がりなのか湿気を含んだ空気は重くムッとしている。  濡れたアスファルトの匂いがして、ユキの胸を懐かしい物が駆け上がる。    隣を見ると遠藤もその景色に、目を大きくして見ている。    フラフラとタワーに吸い込まれるように遠藤の足が出る。 「先生!」  ユキが遠藤に叫んだ。    ハッとして遠藤はユキを振り返ると、手紙を持っていない方の手をユキに伸ばした。 「藤城さん! 帰ろう!!」    ユキの心が遠藤の言葉に吸い込まれる。    懐かしい古里の景色。  懐かしい匂い。    これがユキの世界だ。    ありのままのユキの世界なのだ。
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