第2章 駅ビルにて

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彼は人の中心にいるように見えて、心の内を全てさらけ出すような人ではない。信頼してくれた人にこそっと漏らす程度だ。楽しんでいることは伝えるかもしれないけど、嬉しいことは言わない。 そんな彼が私に嬉しいことだけじゃなく心配なことや起こったこと悲しいことまで打ち明けてくれるようになったのは本当に嬉しい。最初はそれだけでよかった。 でも……。 私を見つめる瞳が私のために向いていたらそれはとても嬉しいことだと思う。 でも、それが全て別の人のためなら、私を通りこしてその人を見ているのだとしたら、それは辛すぎる。そんなのは受け止められないし受け止めたくない。 例えば、歩雪くんがいつも一緒にいるグループの男子組で遊びに行った日の夜。なんだか飲み足りないとお酒を買って私のうちに来た彼はこう語り始めた。 「俺、気づいたんだけど、優しいやつってさ、あいつら全然わかってないのな自分のこと。俺がいくらお前は優しいなって言っても理解してくれないんだけど、それってあいつらが自分の優しさを人類皆持ってるあたり前のものだって思ってるからなんだよ。だから、褒められてもほかの人も同じくらい優しいとか思って素直に受け取れないんだよ。 それどころか、ツッコミとかボケが出来なくて何の取り柄も無いって勘違いして、友達の中で置いてかれるような気がして、無理して変なキャラ作ろうとしてる。まあそれはそれでいいんだけど。いいんだけどさ……。 もう、あいつ意外と馬鹿なんじゃねえかな。」 これからしばらく彼は、誰とは言わずに悔しさとため息を吐き出すように話を続けた。「あいつら」と言って話し始めるくせに最後には「あいつ」と言って話しが終わる。 ここのところ、そんなことが続いている。だんだんと誰とは言わない誰かの正体が分かってしまうようになった。私と目を合わせて話しているときだって、私の目を通してその誰かを見つめているんじゃないかと思ってしまう。 私だけを見て。とは言わない。 けど…… 私を見るときは私のことを思ってみて欲しい。あの子のことを思うために私は見ないで。 そんなことを思って、手に取ったスミレ色のエプロンを握りしめた。
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