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仕事からの帰り、マンションのエレベーターに乗って大きく溜息を吐いた。
最近は残業ばっかりだ。
扉が閉まり始めた時、「待ってください!」という女性の声が聞こえた。
いつもならば、開けるボタンを押して待っていてやる所だが、今日は疲れていた事もあり、そのまま自動的に閉まるに任せていた。
扉が閉まると同時に、ガラスの向こう側に、必死に走って来たらしい女性のひきつった顔が見えた。
そんなに急いでたのか、と驚いたが、その理由は翌日判明した。
昨日、エントランスで、女性がストーカーの男に刺殺されたのだ。
そう、俺が見た、あの女性だ。
あの時、俺が開けるボタンを押していれば、あの女性はエレベーターに乗れただろう。
しかし、助かった保証はないし、もしかしたら俺まで刺されていたかもしれないのだ。
だから、俺は悪くない。
それなのに、マンション内で、エレベーターに乗ると、あの女性が助けを求めるように、エレベーターの中を覗きこんでいるという噂が流れ始めた。
住人は、俺を犯罪者でも見るような目付きで見てくる。
そんなある日、いつも通り、日付が変わりそうな残業帰りにエレベーターに乗ると、9階に上がる途中にエレベーターが止まった。
故障かと思い、慌てて外と連絡を取ろうとするが、ウンともスンとも言わない。
そうしているうちに、段々とエレベーター内が涼しくなってきた。
いや、涼しいなんてものじゃない。
体が震え出すほどに寒い。
エレベーターの電気がチカチカと点滅する。
1度、電気が消え、次についた時には、扉の向こうから、あの女性が覗きこんでいた。
『お願いです……待ってください……』
血をゴボッと口から吐き出しながら、白目を向き始める女を見て、俺は叫び声を上げて失神した。
翌日、管理人に発見されるまで、俺はエレベーターの中で一晩過ごしたらしい。
エレベーターが故障した記録は残っていなかった。
あれは夢だったのか……それとも……?
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