嫁取り

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「ではここに――夫ルピス、妻マサメラの婚儀を始める」  神の声を聞く『ナパ』の声が響く。  天幕の中。色鮮やかな毛織物が一面に敷かれ、蝋燭の灯に照らされて暖かなオレンジ色に満ちていた。  族長と親族の前に並ぶ二人の男女。ルピスとマサメラ。同じ一族に生まれ、育った幼馴染。  ルピスにとってマサメラは長年の想い人。彼女を妻にすることが幼い頃からの願いであり、一族で最も人気の彼女にふわさしい男になろう、選ばれる男になろうと切磋琢磨してきた。  18歳で成人を迎え、ようやく男と認められた。それからも甘んじることなく、一族内の地位と評価を確立すべく邁進した。今では族長からも、彼女の両親からも「一族一の勇敢な男」と呼ばれるようになった。  21歳となり、一族一の美女を娶ることが許された。婚姻において、族長と両親は本人よりも尊重される。族長が決めた、親が決めた相手と番になるのが一般的だ。  でも、ルピスはマサメラを愛した。心から。そして、彼女もそれに応え、返している。  マサメラの白い肌にはガナガという植物由来の色素で複雑な模様が描かれている。両腕は深い緑色のツタに覆われているよう。手の甲、指の先までビッシリだ。  黄昏に染まる婚姻装束。黒い髪は複雑に編まれ、長いヴェールを被っている。ガナガの模様は顔の半分にも描かれ、唇を紅く、目を黒く化粧している。黒に囲まれた強い双眸には黄金が埋まっている。  元から美しい女性だが、今日は一際美しい。ルピスは我が妻をうっとりと眺め、見惚れた。  二人の首には首輪がついている。これは生まれた時からつけられているものだ。  一族の者はみな、生まれてすぐに首輪をつけられる。成長に従って新調し、生涯外れることはない。  二人の前に朱色の杯が置かれ、酒が注がれる。それを先にルピスが呑み、続いてマサメラが呑む。  婚儀が終わると、二人は初めて結ばれる。婚前交渉は絶対の禁忌だ。  思わず、ゴクッと喉が鳴る。 「では、これにて――」  族長の声で終わりを迎えようとしたその時、風が吹いた。強い夜風に天幕がバフンと揺れた。
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