嫁取り

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「ルピス!」  愛する声がした。  振り返ると、今晩ようやく妻となり、ようやく愛し合えるはずだった愛しい女がいた。その背後には、母と幼い弟もいる。  駆け寄る黄昏の細身を迎え入れ、空いている左手でぎゅっと抱きしめた。 「もし俺が生きて帰らなかったら……わかってるな?」  今日のための化粧。顔半分を染めるガナガタトゥーに黒く囲まれた黄金の瞳、赤く染まる唇。見惚れるほどの美しさが歪んだ。  ルピスはひどく心が痛んだ。愛する女のこんな顔は見たくない。させたくない。自分が原因など、余計にだ。  しかし、マサメラは砂漠の女。ララバカイン族の女。一族一勇敢な男が心底惚れ抜いた女であり、今やその男の妻。  覚悟決めたように強き美しさを取り戻し、コクンと頷いた。  その尊厳ある姿に、さらに撃ち抜かれた。惚れ直した。  これほどの女がどこにいる。  この女が妻であることを誇りに思った。生涯の誉れだと思った。 「感謝する」  彼女の額に、刻みつけるように唇を押し付けた。  いくら愛していても、妻ではない女にはできなかった。妻にのみ許された、ようやく許された愛の行為。これが最初で最後になるかもしれない。  ララバカイン族の女たち。彼女たちの再婚は不名誉なことではない。  夫が生きて帰らないこともある。妻の最大の役目は子を産み、育て、一族の繁栄を担うこと。そのため、夫がいなくなると新しい夫と家庭を築くのが普通のことであった。 「でも、どうか――」  生きて帰ってきてくれ、と。見つめる黄金に訴えられる。  コクンと一つ頷き、ルピスは愛しい妻を手放した。
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