シンフォニック

10/12
前へ
/12ページ
次へ
◇  ーー肌寒くなってきた。そろそろ帰ろう。  貴方に告げられて数秒。私は泣かないよう、叫ばないよう、普通の人でいられるよう、冷静に彼の手から、自分の掌を離し、私は傷だらけの腕を天に掲げ、貴方の代わりに世界の指揮を執る。  この物語のマエストロは(はな)っから私である。貴方は繋いだ私の掌の上で指揮者を気取っていたに過ぎない。貴方に云わせた私が狡いのだ。  私が腕を振り掲げたその刹那、木々に止まった鳥たちは飛び立ち世界の沈黙が覆される。同時にスズムシがメロディを奏で、ソロ、デュオ、トリオ、カルテットと徐々にその数を増やし、柔らかなストリングスとなる。  貴方が最後に見破った私の嘘。私がわざと見破らせた嘘。多分貴方はほっとしている。私と離れる理由が出来たことに。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加