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鳥が宙を舞い、木々は汚い二酸化炭素を吸っては咳き込んで、代わりに生命の息吹を吐き出している。生の営みとは生きる為に起こす行動であり、自己防衛とも言えるであろう。それと同じなのだと言わんばかりに夫である彼は、私の手を強く強く握り、とても穏やかな顔で私にーー離婚しよう。と、そう告げた。
まるでそれが自然の摂理であるかのように。まるでそれが初めからそう記されていた決め事かのように。まるでそれが世界の在るべき姿であるように、ただただ穏やかに、なんの躊躇いもなく彼は私に告げたのだ。
西に暮れかかる過去は、色鮮やかなな朱色で、大気中に漂う塵芥を照らし、綺麗な思い出ばかりを映し出す。私は残された僅かな現実を噛み締め、ーーはい。と短くそれに応じた。
そこで靡く草木の揺れが収まり、鳥の歌声が止み、私たち二人の影は長く伸び、無音の世界が生まれる。間も無く世界に夜が訪れる。森羅万象を見通すような、彼の冷めた視線が私の身体を刺す。
こんな時、彼はいつだって指揮者を気取る。
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