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まあ、養子といえど息子であるし、家族に保険をかけること自体は特に不自然でもないのかもしれないが、普段からドケチな上に株で失敗したという人間が、突然、養子縁組した息子に多額の保険をかけた…となれば、怪しいこと限りない。
鴫崎は病死や事故死ではなく、基本、支払いが免責される〝自殺〟だったので、今やそのお目当ての保険金も夢と消えてしまったようではあるが……もしや、鴫崎の詐欺話にあえて乗ってみせたのは、じつは初めっからそれが目的で……。
そんな疑惑を抱いた俺は、直接、胴元千代に会って、それとなくカマをかけてみることにした。
俺が銀行関係の取材をしている内にも世間の興味は薄れ、彼女の家の周りもだいぶ静かになっている頃であろう。
昨日はまた新たな国会議員の〝不倫〟騒動があったことだし、きっと皆の注目はそちらに移っているにちがいない。
ま、世のスキャンダラスなニュースなんてものは、得てしてそんなもんである。
「………………………………」
案の定、その日の昼下がりに胴元邸を訪れてみると、周囲にマスコミ関係者の姿はまるで見あたらず、いたって静かな高級住宅街の日常を何事もなかったかのように取り戻していた。
…………と、思った矢先。
「――クソっ! この因業ババアめ! 二度と頼み事なんか聞いてやらねえからなっ!」
「そういう口はきっちり耳揃えて金返してから言うんだね!」
不意にそんな怒鳴り声が、武家屋敷のような門の内側より聞こえてきたのである。
見ると、小太りな男が一人、背後を振り返りながら門前にいる俺の方へと庭の中の道を歩いて来る。
また、彼が暴言を浴びせるその後方では、草色の和服を着た老婆が鬼のような形相を作り、ぴしゃりと乱暴に玄関の引き戸を閉めるところが見える。
そういえば、まだ本人を直接拝んだことがなかったが、おそらくはその老婆が件の胴元千代なのであろう。
チラっと一瞬しか見ることはできなかったが、やはりテレビに映っていた淑やかなイメージよりも、ご近所で語られている〝因業ババア〟という人物像の方がしっくりくるような気がする。
一方、ドシドシと地団太踏むように足音を響かせながら、こちらへ向かって来る男は誰なのだろうか?
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