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ポケットのたくさん付いたアウトドア用のベストを着て、肩からは大きなクーラーボックスを下げている……明らかに釣り帰りと思しき中年男性である。
いかにも〝特ダネ〟の臭いのするその男に、当然、俺は声をかけた。
「んん? ……ああ、兄ちゃんマスコミの人か。いやあよ。俺は釣りが趣味なんだけどな。あのクソババア、今度、トラフグ釣ってきたら借金の返済待ってくれるっつうから、せっかくこうして持って来てやったってのによう、今日になったら、んなもんいらねえから早く金返せって矢のような催促だ。自分は約束破っといて。それがカワイイ甥っ子に対する態度かってんだ!」
身分を明かして事情を尋ねると、理不尽な仕打ちに憤っている彼は、ペラペラとこちらを警戒もせずになんでも話してくれた。
どうやら彼は胴元千代の弟の息子らしいのだが、まだ彼女が株で大損をこく以前に金に困って100万ほど借りたのだそうだ……頼みの保険金がなくなった今、胴元としてはそりゃあ是が非にでも取り立てたいところであろう。
「なんでフグなんか食いたくなったか知らねえが、どうせフグ捌く技術もねえだろうし、運良く毒にでも中って死んでくれりゃあ、俺の借金もチャラだったってのによう。そんな淡い期待もこれでパアだぜ……おっと、こいつはオフレコで頼むぜ? なあ、あんた雑誌の記者さんなんだろ? あの因業ババアが世間でいわれてるような善良な市民とはかけ離れた、血も涙もねえ金の亡者だってこと書い広めてくれよお」
何やらそうとう溜まっていたのか? その甥っ子は茹でダコのように真っ赤な顔をして、言わなくてもいいことまで告白した挙句、俺に〝ペンの力〟の行使まで求めてくる。
消極的とはいえ、フグ毒での殺害をあわよくば狙っていたのか……さすが親戚とでもいおうか、保険金目当ての胴元千代とどっこいどっこいだな。
……ん? フグ毒……いや待てよ。それって、ひょっとして……。
甥っ子の勢いに思わずスルーしそうになってしまったが、その最もポピュラーな〝毒を持つ魚〟の名前に、俺はある可能性についてはたと気づく。
ただの推測ではあるが……それならば、すべての辻褄が合う。
要ると言っていたトラフグが要らなくなったのは、その毒を使うはずだった鴫崎が逮捕されたばかりか、もうこの世からもいなくなってしまったからなのではないだろうか?
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