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と同時に、待合のベンチからダークスーツを着たメガネの痩せた男が立ち上がり、どうやらその園下らしき、グレイのジャケットを羽織る恰幅のよい刑事の方へと歩み寄って行った。
先客がいたようである。これは、長いこと待たされることになるかな……。
……ん? 海鴨生命? ……って言ったら、鴫崎の……。
だが、一瞬の後、園下にペコペコと頭を下げる、どこか神経質そうなメガネ男を眺めながら、俺はその社名に目を丸くする。
そうなのだ。それは偶然にも胴元千代が鴫崎にかけた、あの生命保険の会社なのである。
……いや、偶然じゃないな。きっと胴元の計画に警察も気づき、そのことについて話を聞くため、海鴨生命の社員を署に呼んだのであろう。
どうやら先を越されたらしい……すでにこのネタを警察が掴んでいるとなると、俺の思いついた計画もこれでご破算だ。絶好の機会だったのに恩を売ることもできない。
でも、他社がまだ気づいていないのならば、早々記事にしてスッパ抜くってのもありか……。
俺がそんなことを考えながら密かに見つめていると、園下達は連れだって、今帰って来たばかりだというのにまた署から出て行ってしまう。
外で話をするつもりだろうか? ならば盗み聞きするチャンスもありそうだし、もしかしたら目新しい情報も手に入るかもしれない……。
そう考えた俺は、こっそり二人の後を追うことにした。
すると、署を出た二人は数分歩いて、あまり客のいそうにない静かな喫茶店へと入ってゆく。
そういえば、なぜ署内で話をしないのかと少々疑問にも感じるが、ひょっとして事件とは関係なく、じつは個人的な保険契約の話をするだけだったり……。
不意にそんな疑念にとらわれたりもしたが、ついてきてしまったので今さら手を引くのもなんだ。ともかくも無関係な客を装い、俺もさりげなく後から入店すると、通路を挟んで彼らのとなりの席に陣取る。
「――今回はどうもお世話になりました。これはほんのお礼です」
だが、考える間もなくオリジナルブレンド・コーヒーを注文し、ダミーのライバル社週刊誌片手に耳をそばだてていたところ、なんだか妙なことを保険会社の男は言い出す。
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