渡る世間は悪ばかり

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 金?  しかも、紙面に顔を向けつつ目だけを動かして見てみれば、男は園下という刑事の方へ、少々厚みのある茶封筒をそっと差し出しているではないか!  それが、病気や怪我で下りた保険金を渡しているのでないことは、誰が見ても一目瞭然である。  渡された茶封筒を園下は周囲を警戒しながら素早く懐にしまい込むが、その行動は明らかに〝人様に知られてはマズイ〟礼金であることを如実に物語っている。いわゆる〝袖の下〟というやつだ。 「いやあ、まさか屋上に逃げて転落死するとは思いませんでしたよ。殺される前に鴫崎を捕まえていただいたところまではよかったんですがねえ」 「シッ! 誰が聞いてるとも限らん。口は(わざわい)のもとだぜ? 家地さんよ」  さらに二人は、すぐとなりで俺が聞き耳を立てていることとは露知らず、そんな聞捨てならない会話を声のボリュームを落としながらも続ける。  確かに園下の言う通り「口は禍のもと」だ。まあ、もう俺が聞いちゃったので時すでに遅しであるが。 「んま、鴫崎を拘留中に逃がしたのはこっちのミスだ。幸い屋上へ逃げたことのに他のやつらは気づかず、ヤツが落ちるとこに出くわしたのは俺だけだったからな。事故死を自殺に変えるくらい、それほど苦労もなかったさ」 「いえいえ、大きな損失を出さずにすんで大変感謝しておりますよ。昨今は保険金の未払いを責められることも多いですし、あの因業なご婦人に訴えられたら、支払いを拒否できなかったかもしれないですからねえ」 「いずれにしろ、間抜けな詐欺師が何も知らずに、同じくおたくんとこで保険金騙しとろうなんざしてくれたことに感謝だな。でなきゃヤツの犯罪にも、ババアの計画にも気づけなかったろうよ」  そう嘯くと、園下は刑事らしからぬ悪どい笑みを口元に浮かべ、フンと鼻を鳴らしてみせた。  二人に気づかれぬよう努めてはいるが、その話の内容には思わず演技を忘れて彼らの方をガン見してしまいそうになる。  今交わされた言葉から察するに、つまりはこういことか?  報道ではそのことについてまったく触れられていないが、おそらく鴫崎も胴元同様、財産ばかりか彼女の保険金も狙って、同じ海鴨生命に契約を申し入れたのだろう。
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