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「桜木(おうぎ)です……。よろしくお願いします……」  教室に入って来た転入生を目の当たりにして、期待にざわついていた生徒達が一斉に口を閉ざした。中には我慢出来ずに「うわ……」と声を漏らした者も居たが。  栄養失調かと不安になるくらいに痩せ細った体から、枯れ枝のような手足がにょろりと伸びていて、絵に描いたような見事な猫背だ。  真っ黒な髪はうねうねと曲がりくねり四方八方に飛び跳ねていて、前髪は鼻筋までをも覆う程の長さ。重たそうに伏せられた瞼に眼球は隠されていたが、瞼の隙間から僅かに黒い瞳が見えた。唇は乾燥しているのか、ささくれが目立つ。  身長百六十五センチ程の先生よりも頭ひとつ程抜き出た長身は、男の俺から見たら羨ましい筈なのだが、数多くの短所がその長所を相殺し、挙句にはマイナス方向にメーターが振り切れてしまっている。  少女漫画のような運命の出会いを望んでいたであろう女子達の顔が、怖くて見れない。 「桜木の席はあそこだ。叶、色々教えてやれよ」  先生は空いている席を指差し、転入生の世話係に何故か俺を指名した。  こちらを振り向いた同級生達の表情が、俺に対してご愁傷様と言っている。     
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