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もちろん桜木に笑顔でいる事を強制するつもりは無いが、諦めきれない気持ちが胸の奥で燻っている。なにか、桜木の表情を自然と綻ばせる手段は無いだろうか。
あれやこれやと考えていると、進行方向にある住宅の塀の上に猫の姿を見付けて、ピンっと閃いた。
「桜木、猫好きだよな!?」
「え?好きだよ」
「ほら、あそこに猫がいる!」
「猫?」
俺が指差した方向へと、桜木の視線が向かう。
猫好きならば、猫を目の前にして真顔でいられる訳が無い。少なくとも俺はそうだ。
「おーい、猫ちゃーん、おーい」
チッチッチッと舌を鳴らしながら、塀の上に座っている猫にゆっくりと近付く。
しかしいくら呼び掛けても猫は微動だにせず、一点をじっと見つめたままだ。
大人しい猫だなと思いつつも呼び掛け続け、その違和感にようやく気付いたのは、猫の元まであと二三歩という距離まで近付いてからだった。
猫を目前にして歩みを止めると同時に、背後にいた桜木が遠慮がちに話し掛けて来た。
「その猫、置き物だよ」
俺の体は蝋で固められたかのように、その場から動けなくなった。
……置き物にめっちゃ慎重に近付いてる所見られた。めっちゃ甘えた声で呼んでる所聞かれた。穴があったら入りたい……!
多分俺の顔は今、食べ頃に熟した林檎の如き赤みを帯びているだろう。
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