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出張会議で意気投合したライターを、北海道支社から引き抜いた。
上機嫌な野上さんにそう切り出された数日後、やって来たのが湯下さんだった。
まるで新入社員みたいに大きな声で挨拶をし、体を折り曲げて編集部へと入ってくる。
真っ先に目があった時から、その日のうちに催した歓迎会を終えるまで、彼の笑顔は崩れることがなかった。
「小雪って、冬生まれ?」
三日後には早々とペアを組まされ、二人では初めての取材に向かう中「おはよっ!」の次に出た言葉がこれ。
丁度初雪が降り始めた時期だったということもあり、随分無邪気な質問だなあと目を丸くして頷く。
「やっぱり!雪だもんなぁ。1月?2月?」
「12月です」
「降りはじめかあ、まさに小雪だな。3日くらい?」
「あはは、ピンポイントですね。でも違います」
「7日!」
「いえ・・・」
「8?」
え、これ当てるまでやるの?
引き抜き後の初取材ということで、相手はすぐそこに位置する商店街のお煎餅屋さんだ。
簡単な打ち合わせをしながら進む予定だった5分弱の道のりが、誕生日当てゲームで終わっては困る。
仕方なく、少し強引に「残念、13日です」と告げる。
すると湯下さんは一歩足を踏み出して私を覗き込み「俺は7月29日!」と笑う。
ここまでそれらしい誕生日な人も珍しい。
屈託のない笑顔は、それこそドッピーカンの太陽と言っても良いだろう。
そうですか、と返しただけの私にも気に留めることなく、自分の言いたいことをバーッと喋っている。
打ち合わせしたいんですけどと口を挟む間もないまま、結局先にお煎餅屋さんの看板を見つけ走っていったのは湯下さんだった。
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