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・・・元気がよくて好奇心も旺盛。
確かに野上さんが好きそうなタイプだわ。
「よろしくお願いします!」
あっという間に小さくなる背中を急いで追いかけ、店先についた時には彼はもう奥さんに名刺を渡していた。
自分の求める利点に有能さも加わったなら、そりゃ引き抜きたがるのも無理はない・・・
「まあ、北海道からわざわざ・・・」
そう感心した直後、彼はやらかしてくれた。
「湯下さん!それ前の支社の名刺ですよ!」
「えっ?あー間違えた!」
恐縮した様子の奥さんの手にある名刺を見て、慌てて湯下さんの腕を引く。
「はは、こっちでした。すいません、俺先週引っ越して来たばっかで」
悪びれなく新しい名刺を差し出す姿に、奥さんもつられて笑ってくれ、私もホッとして自分の名刺を渡す。
和やかな雰囲気で始まると思った矢先、店先でお煎餅を焼いていたご主人がちらっと湯下さんを見た。
良い匂いですねと言おうとして、その憮然とした表情に口を噤む。
「この町のことを知らないで、何を紹介するんかね」
昔ながらの職人さんには、何事にも動じない方とこだわりの強い方がいる。
このご主人は後者だったみたいで、不穏な空気が流れ始めた。
確かに、隠れた地元の名店を紹介したいのでと取材を申し込んでおいて、新参者である湯下さんが行くのはまずかったかもしれない。
「いやー、知らないから何があるのか調べて、紹介していきたいんすよね!」
ご主人の気質はわかっているのかハラハラした顔の奥さんと目が合った時、あっけらかんとした声が響き渡った。
「俺がいたとこはでかいモールとか駅ビルばっかで、個人でやってる店とかなかったしー」
「ふん、ここは田舎だからな」
うわ、火に油注いでる。
ちょっとちょっと、有能ってなんでも切り込んでいくことじゃなくて、空気も読んでよ。
「えー、こういうとこのが断然良いっすよ。コンビニで買うのも良いけど、作り立ては全然違うでしょ!匂いも超美味そうだし」
「おい、覗き込むな・・・」
「わっこんなに焦がしちゃっていいんすか?あーでもこれが良いんかな?」
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