第4章

56/60
前へ
/197ページ
次へ
 亮一郎は驚いたように少し身を離し、瑛司の顔を見る。  瑛司は三白眼をまるで無垢な子供のように潤ませて、亮一郎を見返す。自分が亮一郎の存在に大きく変えられたように、亮一郎を変えることができるのではないかと、思ったわけではなかった。ただ単に、笑えばきっと可愛いだろうと思ったのが口から出ただけだった。  亮一郎はひどく戸惑い、心許なさそうに視線を揺らした。  それでも、眉を寄せ、眉根と、唇を震わせた。作り物のような端正な形の唇の両端を持ち上げようとする。無理やりに顔の筋肉を動かした、ぎこちない顔だ。怒っているようにも、泣きたいようにも見える。  本当に、笑ったことがなかったのだ――と、改めて思い知って、瑛司は胸を突かれた。また一筋涙をこぼれたが、それもそのままに、精一杯の、最高の笑顔の亮一郎を胸に抱きしめた。
/197ページ

最初のコメントを投稿しよう!

464人が本棚に入れています
本棚に追加