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雲ひとつない、晴れた夜の天に浮かぶは蒼白の月。
冴え冴えと凍てつく光を解き放ち、濃密な夜の帳に光を落とす。
月華はそろりと顔を上げ、窓の向こう夜空にかかる月を見上げた。
窓には鉄格子がはめられ、その隙間から凍える月の光が帯状に差し込み、月華の素肌を蒼白く照らしだす。
年の頃は十六、七。
しっとりと濡れた肌はまるで夜露をまとう花びらのよう。背に流れる黒髪は絹糸のごとき艶やかさ。
夜の虚空をさまよう黒い瞳にどこか憂いを秘めた、美しい少女であった。
その少女のかたわらで、寝台に手足を広げて横たわり、息を乱して胸を上下させていた男がふいにむくりと起き上がる。
「ちっ! 陰の姫に涙を流させろと命じられてやって来たが、人形みてえな女を相手にして何が楽しいってんだ」
やにわに男の無骨な手が眼前に伸び、乱暴に前髪をつかまれ無理矢理、身体を起こされる。
「泣きもしない。声もあげやしない」
月華の黒い瞳はただ虚ろに天井に据えられたまま。
息を飲むほどの美しい顔には感情すら表れていない。
それが男の怒りをさらに駆り立ててしまったのか、男は月華の頬を二度三度と張った。
「おまえのせいで、この国に雨が降らなくなってしまった。おまえが涙のひとつでも流せば国は救われるというのに!」
頬を張られても、それでも月華は声をあげることはおろか、表情を変えることもなかった。
男に肩を強く突き飛ばされ、月華の身体が再び寝台へと投げ出される。
男はもう一度忌々しげに舌を鳴らすと、床に散乱した服を手早く身につけ、肩を揺らし、大股で部屋を出て行ってしまった。
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