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「私、一度でいいからその幻の蝶が見てみたいわ。それに、月蒼蝶を見た者は、何でもひとつだけ願いごとが叶うのでしょう?」
「そうとも、言われておりますが」
それはあくまで言い伝えだ。
陽の姫はふと、よいことを思いついたというように瞳を輝かせ手を叩いた。
「そうだわ。月蒼蝶を捕まえてきた者には褒美をとらすわ。望むもの何でもあげる」
褒美という言葉に男たちの間に静かなどよめきが走った。
彼らの瞳の奥深くに、貪欲に揺らぐ光が過ぎる。
「褒美とはまことでございますか?」
「望むもの何でも、と……?」
ええ、と手にした扇を口許にあてて笑う陽の姫の視線が、一瞬だけ月華に向けられた。
その目に浮かぶは憐れみ。口許には嘲笑。
「そう。何でもよ。だって、私は陽の姫。この朱珂の国に必要とされている存在だもの」
上機嫌に笑い、陽の姫は軽やかな足取りで去って行く。
そんな陽の姫の後を、男たちは慌てて追いかけた。
「月蒼蝶……」
月華は小声でその蝶の名を口にのせる。
月の光のように美しく蒼白い光を放ち、優雅に夜の虚空を舞う幻の蝶。
私も見てみたい。
しかし、月華はその望みをすぐに振り払う。
望んだところで、この部屋に囚われ、一人では自由に外へ出ることも許されない陰の身である自分にとって、それは叶わぬ夢。抱いてはいけない願い。
再び視線を窓の外へと移すと、鉄格子のすぐ向こうで蝶がひらひらと舞っている。
月華は鉄格子の隙間から手を伸ばした。
すぐに逃げてしまうと思ったのに、驚いたことに蝶は月華の指先を触れるか触れないか程度に飛び回り、やがてその羽でもって眩しい蒼穹へと舞い上がっていく。
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