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「ああ。よろしければ、何か吹きましょうか?」
月華はこくりとうなずいた。
「月華様はどのような曲がお好みでしょう」
今度はわからないというように首を振る。
悠里は静かに口許に笑みを刻み、笛を吹き始めた。
憂いを漂わせる笛の旋律が、夜の静寂を縫いとっていく。
月華はそっと胸に手をあて目を閉じた。
笛の音色が心の奥深くに浸透していく。
優しくて切なくて、けれど心地よい音。
やがて、震える音色が曲の終わりを告げ、静かな余韻を響かせ闇へとさまよい消えていく。
笛から唇を離した悠里は、ゆっくりと閉じていたまぶたをあげた。
「素敵な曲……」
「お褒めいただき光栄です。もし、よろしければ他の曲も」
はい、と無言でうなずく月華に笑いかけ、さらに悠里は別の曲を吹き始めた。
月華は再び目を閉じ、美しい笛の音に耳を傾ける。
その夜は一晩中、悠里の笛を聞き彼の語ってくれる旅の出来事に月華は興味を示した。
自分の知らない外の世界。
他国の話。
悠里自身のこと。
途切れることなく続く悠里の話と笛に、月華は真剣に聞き入った。
次は? と、話をねだる月華の仕草に悠里は嫌な顔ひとつせず、それどころか瞳を輝かせる月華を退屈させまいと、豊富な話題で楽しませた。
悠里の話は夜更けまで続いた。
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