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死香
「人は死ぬ時、体から香りを発することをきみは知っているだろうか?」
そう尋ねると彼女は不思議そうに首を傾げて、それは死臭のことかと逆に訊いた。だから僕はそうではなくて、死ぬ際に刹那的にする香りのことだと説明した。
「知らないわ」
「そうだね。本当にほんの一時のことだから、知る人の方が少ないのだろうね」
「あなたはどうして、そんなことを知っているの?」
「母がね」
「お母さん……? こどもの頃に亡くなった」
「そう。僕と手をつないで買い物に出た際に、車に撥ねられてあっけなく」
僕が三つの時だった。買い物帰りの歩道を母と並んで歩いていたら、急に後ろから派手なブレーキの音がして、振り向こうとした直後、母が僕を真横に突き飛ばした。顔から転んで泣く寸前、僕は車にぶつかって大きく跳ね上がる母の身体を視界にとらえた。僕だけを助けてくれたのだと、幼心にも理解できた。
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