夢の人

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 二日目の夜勤。変わらずに過ぎて欲しいと思っていたが少々面倒なことがあった。22時頃であろうかフロントへのコールがあり電話に出ると、男性の怒鳴り声が聞こえた。どうやらシャワーからお湯が出ないらしい。すぐ部屋に向かうと、浴衣を着た男性が食いかかってきた。 「どういうことだ、ここは湯も出ない部屋に客を泊めるのか!」  ずいぶんと興奮している、部屋のチェック時に確認は行っていたが壊れるタイミングが悪かった。こういうときにはひたすら相手に怒られ続けるしかない、下手に言い訳しても相手の怒りを助長させてしまうだけだ。  何度も頭を下げ、詫びを入れる。部屋を替え、迷惑料としての粗品を渡したところでようやく開放された。時間を見ると0時近く、ずいぶんと時間をとられてしまった。 「どうでした?」  フロントに戻ったところで水口が声をかけてきた。 「ブラックリストほどではないけれど注意が必要だね、何かとつけて突っかかってくるかも。」  宿泊名簿を確認しながら返事をする。  名前は佐紀望、ここには三回ほど宿泊経験があるようだ。以前にも文句をつけていたらしく備考欄には『部屋に香りのある花×』と書かれていた。クレームの多い客なのかと思いつつ、備考欄に今回の内容も付け加えておく。 「他の部屋もお湯が出るか、空き部屋を回ってくるよ。」  水口をフロントに残し空き部屋を回る、幸いにも他の部屋からはちゃんとお湯がでた。  ふと407号の前で足が止まる、今日は空き部屋だが山田のことが思い返される。  山田だったら湯が出なかったときにどういう対応をするのだろう、ぼんやりと考えてみた。夢を見ている分、性格の想像は付きやすい。たぶん部屋を替えてもらった時には何度もお辞儀をするのだろう。もしかしたら湯が出ないことを言い出せず、下の大浴場で風呂を済ませた後に『湯が出なかったんです』とこっそり言いに来るかもしれない。  なぜ悪い客のときに限って故障するのだろうか、タイミングが悪い。  フロントに戻り水口に声をかける。 「全部湯は出たよ、報告書を書いておきたいから先に休憩入ってもらっていいかな?」  水口はわかりましたと言い、休憩室に入っていった。  報告書を簡単に書き、朝になったら業者に連絡するよう電話口にメモを残した。
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