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指を伸ばし、わざとかき回してセットを崩してやった。ウェットな手触りで、ワックスを使っているのが分かる。誰のためにこんなことを始めたのかと苛立たしいことこの上ない。
充郎は毛繕いでもされているかのように、目を細めてじっとしている。
「やっぱ似合わないかな?」
似合うと答えたくなかった。いつもはバカみたいに素直なオレが、今日はなぜかいけずなモードだ。
「オンナでも出来たのか?」
これから女の子とばっかり遊んで、もう俺と鉄オタ旅行行ってくれないんだろうか。寝台特急あけぼのの中で、一緒に行列式計算して正則か計算し合った夜は最高に楽しかったのに。
葛西の地下鉄博物館、リニューアルされてからまだ行ってないんだよな。行こうって誘ったら、デートがあるからいけないとか、彼女にプレゼントするためにバイトがあるからとか、そんな言い訳で断られちゃうんだろうか。
「違うよ。彼女が出来たとか、そんなんじゃない」
「じゃあ恋しちゃったとか?」
ぱちぱちと瞬きを繰り返した充郎の頬がじんわり桜色に染まっていく。その様子に、オレは心底がっかりしてしまった。
つまらないと思う。充郎がオレの知らない誰かと、俺の知らない話で盛り上がるのを想像して落ち込んだ。
板書された証明をひたすら書き写す九十分を終えると、席を立とうとするオレの手を充郎が握った。
「な、なに?」
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