2章

3/23
720人が本棚に入れています
本棚に追加
/85ページ
 四日前、現場から立ち去った愛染は、その場に複数のパソコンを残していったにも関わらず、一切物的証拠を残さなかった。調べた鑑識官によれば遠隔操作によってデータは全て削除されたうえ、ハードディスクもクラッシュさせられていて情報を抜き出すことができなかったそうだ。   無論、そこまでの策を講じた人間だ、指紋だって残すはずがない。あの日、確かに愛染は素手だったはずなのに、現場や渡されたピルケースにも一つとして痕跡が残されていなかった。 「…………何の用だ」 『最初の話のとおりですよ。もう貴方の手元にはオメガフェロモンを消す抑制剤はないでしょうし、かといって一人では薬を手に入れることもできない。困っている頃だと思って、手を差し伸べるために連絡差し上げました』  悔しいが図星だった。病院に行けない霧人は、自力で薬を調達することができない。非合法的手段でなら手に入れることはできるだろうが、刑事である自分が法に触れるようなことをするわけにはいかないため、明日からどうしようか考えあぐねていたところだ。 「手を? 一体何を……」  『詳しい話は直接会ってからにしましょう。今夜、貴方の勤務が終わる頃に迎えを出しますので、その車に乗って私のところへ来て下さい』  来て頂けますね、と愛染はそう言って霧人に来るか否かの選択権を委ねたが、そんなもの有ってないようなものだった。  どんな話をするのかは分からない。が、性種の問題を解決するには愛染の力が必要なのは確かだ。 「………………分かった」 『それでは夜に。待ってますよ、霧人』  甘い声で名で呼ばれた途端、全身の皮膚がゾワリと震えた。  相手があの男となると、直接顔を合わさなくても身体が反応してしまうのか。小刻みに揺れる自らの指に無情な現実を実感した霧人は、誰にも気づかれないぐらいの溜息を吐き、再び仕事へと戻った。 ◆ ◆ ◆
/85ページ

最初のコメントを投稿しよう!