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14--再会
ミノリの披露宴は、都内の式場でつつがなく行われた。席は同期の中でも、女子と男子で別れていたので、高木とは話さなくてすみそうだ。席次表を見て、そっとため息をつく。
ウエディングドレスに身を包んだミノリは美しく、普段と打って変わって慎ましやかに見えた。だがそんなはずもなかった。
「ねぇ、今日ケリつけなさいよ?こんな終わりじゃ、後引くでしょ?」
高砂に写真撮影のために集まったとき、ミノリはそう耳打ちをした。
「ケリって言われても。もう私から話すべきことは何もないから」
ミノリはふんっと鼻を鳴らした。
「向こうはあるみたいよ?」
ちらりとミノリの視線の先を追うと、高木が席からじっとこちらを見ていた。私はすぐに目をそらす。
話すこと?
無いに決まっている。
本当は今日、ちゃんと告白しようと思ってた。好きだって伝えたかった。
だけど、もうそれもできない。
好きって言えないなら、話したいことなんてなにもない。
それともなんだ。ただの同期として、「最近どう?」なんて、どうでもいい挨拶をしなくちゃいけないの?
それなら、このまま終わった方がましだ。
普通の、ただの、同期になってしまうのなら。
私はそれ以降、ぜったいに高木の方を見ないようにした。
デザートビュッフェの時、外の喫煙コーナーで、高木はぼうっとタバコを吸っていた。色とりどりのケーキをお皿に取りながら、私はその姿を盗み見る。その日はじめて。しっかりと高木の全体像を見た。
少し痩せた気がする。
そして、こんなところでもタバコを吸っていることが少し心配だった。ストレスがあるときしか、高木は喫煙しないから。
どうしたんだろう。新しい赴任先は仕事が大変なのだろうか。
それとも例の女性とうまくいっていないのか。
そこまで考えてはっとする。もう、私が心配したって迷惑になるだけなのに。
二次会は、会社の最寄り駅近く、イタリアンの店で、立食形式で行われた。
支店の同期たちは「本社近く懐かしいー」などとざわざわと話している。そんな集団から少し離れて壁にもたれていると、新郎友人がしつこく話しかけてきた。
「新婦と同じ会社ってことは、このへん毎日通るの?」
「はぁ、まあそうですね」
適当に答えて、手にしたグラスを揺らした。
きっとこういう場所で出会いを探しているのだろう。
「てことは、家も近かったりしちゃう?」
面倒だな……そう思って目線を遠くにやると、ふと、高木がこちらをじっと睨んでいることに気がついた。
なんなの?
私なんか悪いことしてる?
誰と話したって、私の勝手。
あんたが同期としてしか見てくれなかった私だって、会社を出れば一人の女として魅力の一つもあるんだから。
高木が、他の男の人と話す私を見て、後悔すればいいと思った。
私は普段より愛想よく、新郎友人の相手をすることにした。
「やだなー家は教えられませんよー」
「そりゃそっか! 一人暮らし?」
「えー、まあ。一人暮らしですよ」
「一人暮らしって夜帰ると虚しくなるときない?」
「あーなりますねー!」
バカっぽい会話だと思いながらも二人でクスクス笑っていると、背後から声がした。
「知らない奴に、一人暮らしなんて情報教えるか?ナツキ、お前アホか」
高木だ。振り返らなくても分かる。
新郎友人の顔がひきつり、「俺、飲み物取ってこよ」と逃げて行く。
それでも私は絶対に、高木の方を見てやらなかった。久しぶりに会えるはずだった、気持ちを伝えるはずだったこの今日の機会を、私は一度も高木の目を見ずに終わらせるつもりだった。
「アホって言われる筋合いないし。バカな会話だって分かってて乗ってるだけだから。ほっといて」
「なんでそんなやけっぱちみたいなことすんだよ。危ない目に遭うかもしれねぇのに」
「私がどうなろうと、高木には関係ないでしょ!?」
思わず声を荒げ振り返った。
高木が思ったよりすぐ側に立っていた。
この数ヶ月。
ずっと会いたくて、側にいたくて。
その人が、手を伸ばせば届くところにいた。
私は黙って、高木に手を伸ばす。
ほんの少し前までは、この距離が私たちの最適な近さで。
それでも、足りなくて。もっともっと近づきたかったのに。
もう手は一生届かない。
いくら近くにいたって、もう手を伸ばしちゃいけないんだ。
高木の胸の前で、私はぐっとこぶしを握って、そのままだらんと腕を下ろした。
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