15--告白

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私はいったん波が引いてしまった怒りを、もう一度わざわざ呼び起こす。涙がまた出てきて、呼吸が浅くなって苦しかった。でも、私から断ち切らないといけない。 「もう離して」 腕を伸ばして、高木の胸を押す。思ったより、強い声が出てほっとした。高木は黙って私から離れた。 さっきまであったかい膜に包まれていたみたいで安心できていたのに、離れたとたんに身体に夜風が吹き付けて寒かった。 マンションの前で、しんとした時間が、過ぎて行く。私が泣くのを抑えようとする声だけが響いた。 高木は、それに耐えられなかったのか、タバコの箱を取り出した。それを見て、私は一気に冷静になった。 「吸うのやめなよ。赤ちゃん産まれるんでしょ」 「……は?」 だからさ、言いかけると、高木は怖い顔でタバコをしまった。 「もしかして、変なうわさ信じてるな?」 「え、うわさ?」 はあーっと盛大にため息をつくと、高木はしゃがみ込んでしまった。 頭をぐしゃぐしゃとかく。 「あのうわさが、本社まで広まってるとはなー」 「あ、あの、どういうこと?」 私は怒っていたのも忘れて聞いた。 「いや。営業所の事務の女性でさ、俺を気に入ってくれた人がいて」 高木から他の誰かの話題が出るだけで、ずきっと胸が痛んだ。 「慰労会で酔っ払ってて、家まで送り届けたんだけど。その場で迫られてさ」 「え?家にあがったの!?好意持たれてるって気が付いてたんでしょ!それでもって付けこまれるなんて、アホなの!?」 続けざまに言うと、高木はしゃがんだままこちらをちらりと見上げた。 「一歩も歩けないって言うんだから、仕方ないだろ。それにそのセリフ……。さっきの二次会会場でのお前にそのまま返すよ」 「それは……」 さっき。新郎友人の好意に気がついていて、あんなバカな会話に愛想よくのったのは、高木に後悔してほしかったから。妬いてほしかったから。 でもその言葉は飲み込み、「それで?」と先を促した。 「いや、もちろん。無理って断ったし。そしたら、その腹いせなのかなんなのか、いつの間にか俺が妊娠させたってことになってて。真偽をみんなに伝えることなく、その人はすぐ会社辞めちゃった」 高木は苦笑した。 「そのうわさに尾ひれがついて、俺とその人が結婚するって話にまでなっちゃってさ」 「何それ……」 私はへなへなと高木の隣にへたり込んだ。 「ドレス姿で道に座り込むな」 高木は、私の腕をつかみ立ち上がった。引っ張られて私も立ち上がる。 「なんで否定しないの、そんなうわさ」 「その内分かることだろ?どうでもいいよ」 高木にはそういうところがある。どこか、自分のことなのに他人事みたいな冷めたところ。 それなのに、他人の私には、やけに色々世話を焼いて来るところ。 「それにしても心外。ナツキは俺のこと信じてくれると思ってたのに」 「だ、だって。そっちの状況とか何も知らないのに」 「好きな子が隣に寝てて、手ぇ出すの我慢できた俺が。そんな簡単に好きでもない人に手出すと思うか?」 「えっ」 今、高木は何て言ったのだろう。 好きな子って。 「そ、それって。好きな子って……」 「ナツキしかいないだろ」 高木は苦笑しながら言った。 ぽろりと目から涙が流れる。 「さっき。私が好きって言ったら、どうして今のタイミングで言うんだって……」 「うん。だって今日俺から言うつもりだったのに」 振られたのだと思った。 「同期でいたかったからって……」 「うん」 高木は優しい目をして私の頭を撫でた。 「俺らの会社、社内婚は禁止だろ?どっちかが出向か、辞めることになる。俺、ナツキが生き生き仕事するのを見るのも好きなんだよ」 私はぐすっと鼻をすっすりうなずいた。私だって、高木が働いているところを見るの、好きだった。いつも、自分も負けないで頑張ろうって思えた。 高木は続ける。 「俺は、誰よりもナツキに近い同期でいたかった。だから、一線は超えないように我慢してたし、忘れてくれた方がいいって、近くにいる間は思ってた」 私は涙でうるんだ目で高木を見た。高木は私の頬をそっと撫でる。 「だけど、無理。ただのカッコつけだった。離れたら、やっぱ俺にはナツキがいないとダメだって分かった。ナツキが俺の目の届かないところで、知らないやつと付き合うのも絶対に嫌だった」 「高木……」 「俺、もうすぐ会社やめるから」 高木の一言に、「えっ!」と声が出る。 「転職する。ナツキと一緒になっても、そのときどっちが辞めるか悩まなくて済むように。転職先は、もちろん東京の会社にしたから、数ヶ月後にはこっちに戻ってくるよ」 あまりの急展開についていけない。 私はいつの間にか、ぽかんと口を開きっぱなしにしていたらしい。 「その顔……!驚きすぎだろ」 高木はぷっと笑う。 「ひどい、今この雰囲気で、顔笑う!?」 「ごめんごめん。そーいう顔も可愛いよ」 そんな甘いことを言う高木は初めてで、私は口ごもった。 「調子くるうから……」 「へぇ、そう。もっとくるってみる?」 高木はそう言うと、私の頤にさっと手をやった。 「え、なに」戸惑う私の口に、高木は柔らかくキスした。 驚いて一瞬身を引きそうになったのを、高木が背中を支えて止める。 何年も同期で、会えば言い合いばかりで。 だけど、こうなることを待ち望んでいた。 ずっとずっと、望んでいた高木のキスは思ったよりも優しかった。 ただのキスなのに甘くとろけそうで、私は理性が飛びそうなのを必死で抑えながら、それに答えた。
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