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「へぇ、これがナツキの部屋かー」
二人で手をつないだまま、電車に乗って私のマンションまで帰って来た。
高木の部屋には何度か行ったことがあったけど、私の部屋に通すのは初めてだ。なぜか緊張した。
さっきキスしたけど、そのあとはどう接していいか分からなくて、私はずっと黙ったままだった。
「案外可愛い部屋じゃん」
白で統一した部屋を、高木はきょろきょろ見渡している。
可愛い、なんて言われるのがまだ慣れなくて、私は黙ったままケトルでお湯を沸かした。
「紅茶でもいい?」
「うん」
ティーパックをカップに入れ、お湯を注ぐ。
自分用に買っていたチョコレートを添え、ローテーブルの前にかしこまって座る高木に、「どうぞ」と出した。
「こんなおもてなしがあるなら、早くナツキの部屋来ればよかった」
高木はふうふう紅茶を冷ましながら笑う。
「同期だったら……。ただの同期だったら、部屋になんか来れないでしょ」
「ナツキは俺の部屋来てたじゃん」
「それはっ。会社から近くて集まりやすいし、終電逃して帰れなかったり理由があったからで」
「それだけ?」
高木はにやっと笑った。
私ははあっと息をつき、「それだけじゃないよ」と降参したようにつぶやいた。
「行く口実を、いつも探してた。ただの同期から、特別になるとっかかりをいつも探してた」
「うん」
高木は珍しく、茶々を入れずにうなずいた。
「高木は?」
「ん?」
「私、まだうまく信じられなくて。その。高木も私を好きでいてくれたってこと」
高木はネクタイをゆるめると、ふっと笑った。
「多分、俺はナツキが好きになってくれるより、もっと先に好きになってたよ」
「え?」
「どれだけ我慢したか。分かってる?」
そう言うと、高木は私に二度目のキスをした。
さっき道端でした一度目のキスより、もっと長く、深かった。
身体から力が抜けていく。
もう理性を保っていなくてもいいかな……。思考を手放そうとしたとき。
「はい、終わり」
「え!?」
いきなり身体を離されて、思わず声をあげる。
「これまで何年も同期だったんだ。ゆっくりでもいいだろ」
「ええ?今我慢してたって言ったじゃん」
「……ん。そんだけ大事にしたいってことだよ」
大事にって、別に、私はじめてでもなんでもないのに。
不満が顔に出ていたのか、高木は言った。
「俺がこれまで、隣で寝ててもどうして手出さなかったか分かる?」
「手出されなくて、どうしてだろって思ってたけど。もしかして高木そういうのに興味ないのかなって」
「んなわけはない」
「彼女もずっといないし、女に興味ないってうわさもあったけど?」
高木はがくっと頭を垂れて、「俺のうわさってどうしてそう極端」とつぶやいた。
「大事にしたかったからに決まってんだろ」
顔を上げて、真剣な目つきでそう言われると、どきりとした。
「今日ちゃんと付き合うことになったけど。勢いとかじゃなくて。ナツキとのはじめてをちゃんと大事にしたい。……ここ数か月は特に、俺のせいでナツキを苦しめたし。俺、ナツキにちゃんと好きだって伝えなかったこと後悔してた」
「それは私も。言わなかったこと、後悔した」
「だからさ、まずはたくさん話そうよ。これまでのこともこれからのことも」
高木はそうほほ笑むと、「ほら、シャワーしてきな。髪のセットほどくの大変だろ」と面倒見のいいことを言った。
「待っててくれる?」
「当たり前」
「どこにもいなくならない?」
私はすがるように高木を見た。もう置いて行かれるのはこりごりだ。
「そんな可愛いこと言うとまたチューするぞ」
かあっと赤くなってしまい、「バカじゃないの」と言い放ち、私は急いでお風呂に向かった。
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