1--残業

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1--残業

「今日飲みに行こ」  残業しながら打ったラインはすぐ既読になった。 「了解、あと30分」  簡潔な高木らしい答えに、にんまりが止まらない。 「フロアまで迎えに来てよ」  調子に乗って続けたラインは、既読スルーされた。いつもだ。 「仕事が終わったら、私の部署まで迎えに来て」っていう頼みだけは、高木は絶対に叶えてくれない。 なぜだか私は、高木に自分のフロアに顔を出してほしいといつも思う。 頑張っているところを見てほしいような、今日もお疲れって認めてほしいような。 別に、白馬に乗って王子様が迎えに来る、なんてシチュエーションに憧れているわけじゃないけれど……。  それでも高木は手厳しくて、私を迎えに来る気なんてさらさらないようだった。ま、飲みに行けるだけ御の字でしょ。私はそう思い直して、急いでエクセルを保存して、簡単に日報を入力、課長宛に送信した。 「町田課長、日報出したんで承認お願いします。じゃ、お先です」  まだ残っていた課長は目をあげて「おー」と言ったあと、少し不思議そうな顔をした。 「なんで残業後に、そんな明るい顔してんだ?これからデートでもあんの」 「やだなぁ課長。ただの同期との飲みですよ」 「ほー。若いね。ま、お疲れ」  フロアに課長を残して、私はパタパタと階段で一階下に降りた。 「お、いるいる」  半分電気を消したフロアで、いつものように頭を抱えた高木が1人でぽつんと仕事をしていた。    高木と私は四年前、この会社に新卒入社した同期だ。お互い本社の部署に配属されて、ずっと自社ビルで働いている。  会社の主な業務はオフィスビルや商業施設の管理業。  高木はビルオーナーや公的機関から管理を受託するための営業をしている営業部。  私は、すでに管理受託している施設に対し、どういう戦略で資産価値を上げて行くかを考え提案する企画部だ。  色々な部署がある中、高木と私はお互い、会社でも特に忙しい部署だった。  高木に声をかける前に、廊下の奥にあるトイレに入った。手早くミスト化粧水を顔に吹きつけて、ファンデを塗り直し、軽くチークをはたいて、グロスをぬる。髪は手ぐしで整えるだけにした。さすがに巻き直すのは気合が入りすぎるから。あくまで同期と飲む、だけだ。
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