3.密談

4/5
前へ
/15ページ
次へ
 乃理子が溜息を洩らすと、勇気が笑った。 「そこでネットメディアが登場した。新聞やテレビが伝えていないことも、調べようと思えば調べられる。ちょっと違うんじゃないか、と疑ってみた時に、簡便に他のメディアの報道をチェックできる」 「調べれば、ね。でも、うちの祖母とか、ネットを使わない、使えない人もたくさんいるから、やっぱり既存メディアが公正な、バランスが取れた報道を心掛けなきゃいけないんじゃない?」 「それはあるな。国民の三分の一が老人。こういう人達は、新聞を購読しテレビでニュースを観る層だから、メディア演出にノセられやすい。うちの購読者にしたって中高年だ。 でも、若者は新聞を読まないしテレビも観ない。ニュースはネットで読むから、良くも悪くも何がバズったかには気づく。偏向報道とかは炎上するから、結果的に、何が事実か見えてくる。ヤラセが難しくなるわけだ」  乃理子は一昨日書いた記事が炎上したことを思い起こした。  閲覧者が断トツに多いネットのヤフーニュースに抜粋されたことは明朝新聞としては快挙だったが、「左派議員追い出しか」とのセンセーショナルなタイトルのお陰で、その筋から猛反発を食らったのだ。  見出しを付けたのはヤフーサイドであるが、そのような文言を記事の中で不用意に使用した自分にも責任がある。しかし、その炎上のお陰で格段にPV数を稼げたのも事実だった。 「なんだか、虚しくならない?」  乃理子が愚痴ると、勇気が怪訝な顔をした。 「何が?」 「私達はジャーナリストのはずなのに、その実、劇場型政治に巻き込まれて、それをうまく利用して購読者数を増やそう、とか企んでいることが、よ」 「俺はそうは思わない。こう考えてみろよ。俺たちの新聞は大手リベラル紙に比べて弱小勢力だ。俺たちが報道しなかったら、誰が主要メディアの偏向報道を正すことができるんだ?  政権批判の大合唱にしか興味ない論調の報道にオルターナティブを提供するだけでも、うちの新聞には存在価値がある。政権ではなく政策について書く。社の意見というより、どういう批判・賛同意見があるかを書く。何でも反対、みたいな稚拙な手法は使わない」  珍しく雄弁な勇気の横顔を乃理子は見つめた。  ふと、昔彼がこういう固い表情を見せたことを思い出した。司法試験に合格したくせにメディアに入りたい、と決意表明した晩だった。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加