4.真意

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4.真意

 選挙運動が大詰めを迎えていた或る日、乃理子はデスクで記事を書きながらテレビ番組をイアホンで聴き、時おり画面に視線を走らせていた。国民党を呑み込んだ日本未来党は票を伸ばしている模様で、直近の世論調査では大成党に迫る勢いである。  政権打倒を目論む某テレビ局は大喜びで、選挙期間中は公正な報道をする義務があるにもかかわらず、巧妙に日本未来党応援を演出していた。  大畑代表の演説は笑顔を切り抜き、吉田首相の演説はあえて渋面を映し出し、演説を妨害する一部聴衆を拡大し、あたかも政権反対者が多く集まっているように見せる手口だ。  浮動票は勝ち馬に流れやすいことを勘案すると、「風が吹く」と言われるブームに乗って、日本未来党が勝利する可能性も出てきた。  昼のテレビニュース番組はどこも、主たる視聴者である中高年女性が喜びそうな人気議員を出演させて視聴率を稼ぎたい。  劇場型政治の時代、大成党の応援陣営はほとんどベテランのオジサン議員ばかりで、日本未来党が若手議員を動員して大畑知事を囲ませているのに比べ、イメージ戦略が手薄であることは否めなかった。  乃理子が溜息をついていたところ勇気がやって来た。極秘情報があるとのことで、二人で本社近くのカフェへ向かう。  注文したコーヒーが到着してウェイターが席を離れたとたん、勇気が小声で囁いた。 「俺はついに、大畑祥子があえて総理を目指す理由を見抜いた」  総理を目指す理由?、と乃理子が訝っていると、勇気が続けた。 「改憲だ」  今さら勇気は何を言っているのだろう。日本未来党の政策には安全保障と憲法改正が含まれていることなど、それで国民党左派を公認枠から振るい落としたのだから、万人周知の事実だ。 「そんなことは皆知っているけれど、大畑知事は、何を改正したいのか明言を避けているわよね」 「そこだ。彼女はたぶん、いまの大成党ではできないことをやろうとしている、と俺は思うんだ」 「できないことって?」 「第9条の1項と2項を削除して自衛隊が軍隊として機能できるようにする、ってことだ」  乃理子は勇気の意見を胸の内で考えてみる。  確かに、現在の吉田政権は党内に改憲慎重派を抱えているので、戦争放棄を唄う第1項はおろか戦力不保持を掲げる第2項の削減さえ提起できず、自衛隊を明記する、との中途半端な改正を掲げているのみだ。
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