3.密談

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3.密談

 西麻布のバーは、なんの変哲もないビルの地下に隠れるように店を構えていた。薄暗い照明に大きなカウンター、オーク色のモダンで落ち着いた内装。  まさに、密会、という言葉が相応しい。同僚の勇気と飲みに来ただけなのに、ふとそんな艶っぽい言葉を思い起こした自分を恥じて、乃理子は軽口を叩いた。 「勇気がこんな大人なバーに誘ってくれるなんて、珍しいじゃない」 「縄のれんの一杯飲み屋にも飽きたしな。たまにはこういう雰囲気もいいだろう?」 「大いにけっこう」  乃理子はバーテンダーに勧められてマンハッタンを飲むことにした。  無言でシェイカーを振る彼の手元を見やりながら、大畑知事の言う政界シャッフルとは何を意味するのか、つい考えが仕事に戻る。   隣でジントニックを飲んでいた勇気が呟いた。 「まだ、見えてこないな」 「何が?」 「大畑知事の本当の狙い、だよ」 「知事は総理を狙っている、ってこの前勇気も言っていたじゃない。当たりだったわね」  知事はつい昨日、府知事を辞職して衆議院選挙に出馬すると正式に表明した。  正式に、と言うのは、日本未来党の比例代表候補第一位が空欄であるとの情報は既に出回っていたからだ。大畑祥子は党首として、衆院選では三ケタの当選を狙う、と豪語している。  仮に第一党となった際にはまさしく初の女性総理誕生となるわけで、今の彼女の人気を考えると、それも不可能ではない。  勇気が口を開いた。 「知事は、党の合併ではない、と何度も繰り返している。日本未来党としては、国家の在り方に関する安全保障政策・憲法改正の方針に合意できない国民党議員はいらない、と明言した。要するに、なるべく多くの議席を取りたいということではなく、欲しい戦力は迎えるが、党の方針に従わないお荷物議員はいらない、ってことだよね。 社員の首切りはありません式の生温い日本的合併ではなく、要る人材だけ選別的に吸収しよう、っていう身勝手な連携だ」 「身勝手、ということじゃないと思う。芦原代表は二大政党を目指す、と宣言したじゃない。世論調査によると国民の大半は基本的に保守派で、左翼政党が第二党になるチャンスは今の日本にない。 今回の野党再編は、大成党政権が嫌いな保守派浮動票の受け皿となる保守党を作ろう、っていうことだから左派は邪魔でしかない」  マンハッタンの綺麗なルビー色を眺める。  
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