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 目立たぬ店員に変化多生じたのは、初夏の頃である。  レジの順番を待っていた彼は、娘が客側へ向けている左の耳に、小さなピアスが光っていることに気づいた。娘が髪を耳の後ろへ掻き上げた瞬間に、ふと目に入ったのである。そういえば、今日は薄っすらと化粧をしており、口紅の色も少し明るくなったように見える。  急にお洒落に目覚めたのか、それとも、この地味な娘にも、春が来たのか。  いずれにせよ。若い娘としては好ましい変化に違いない。  ピアスの穴は、まだ開けたばかりらしい。肉付きが薄くてほとんど垂れ下がりのない貧相な耳朶が少し赤く、穴の周りも蚊に刺された後のように膨らんで見える。穴に通したピアスも、クリップほどの細いリング一つだけと控えめである。  しかし、穴が固定し、穴に通されるピアスが、キラキラした飾りのついたイヤリングになる頃には、地味なレジ打ちの娘も、それなりの青春の花を咲かせることになるのかもしれない。  彼はふと、そんなことを思ったが、レジを済ませて店の外へ出る頃には、初めてピアスを開けたらしい地味な娘のことは、すっかり頭から消えていた。関心のある異性ではなかったからである。
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