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草木も眠る丑三つ時。古びた屋敷に無断で立ち入るのは2人の少年。どちらも興味深そうな目で屋敷の中を見ているが、頼りない懐中電灯の光しかないせいでほとんどのものが見えていない。
けれど、その肌にはじわじわと伝わっているだろう。少し先も見通せないほど闇の蔓延った屋敷は、もはや生ある人間を受け入れられる場所じゃない。そこにあるのは時代に取り残された古ぼけた匂い。現在を生きるものに必要とされない悲しみと、人間ではない存在を引き付ける怪しい雰囲気。
けれど、どの時代にも物好きな人間はいるもので、屋敷を訪れた少年らは屋敷を包み込む恐怖感を楽しむためにここへ来たのだ。
生ある人間が踏み入れるべきではない、死んだ屋敷に。
「結局、何も出なかったな」
片方の少年がぽつりとつぶやく。
「だな。廃屋に潜む幽霊なんてやっぱウワサか。帰ってシャワーでも浴びようぜ。汗かいた」
少年たちは笑いあいながら、生気のない屋敷から離れていく。
ただ、彼らは一つだけ間違えていた。
『待って、まッテ、帰ラナいデ! 私ニ気ヅいて! 声ヲ聞いテ!』
誰にも届かない金切り声は、血の涙に濡れながら夜に響く。
『私を忘レないデ! 存在ヲ消さなイデ! 私ハまだ消エたクない!、まだ、まダ、こノ屋敷のソバにイタイのに!』
声は誰にも聞こえない。生あるものには聞こえない。
闇に溶けゆく死者の声は、誰にも気づかれることなくひっそりと途切れた。
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