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 もしあのとき、久住に優しい言葉掛けられていたら、すべてが欲しくなってしまっただろう。手に入らないものを欲しても虚しいだけだ。  渇いた心を潤せるのは、それもまた心でしかないのだ。  手に入らないなら望まなければいい。望まなければ傷付かない。そう思わないと弱音を吐いてしまいそうで苦しかった。  だから全部自分のせいにして、楽になりたかった。 「逃げてる…だろうな…」  ぼんやり、他人事のように思う。  誉は握りしめた掌を解くと、赤い三日月型の爪あとが残っていた。  加藤を待つ間に眺めていた、雲の切れ間に見えた月はどんな形をしていたのだろう。  人の話し声が聞こえるな、と思いながら目蓋をうっすら持ち上げると、誉の周りを取り囲むように道着を着た部員が覗き込んでいた。 数度まばたき、状況を理解して慌てて起き上がる。一瞬くらりと目眩がしたが、腕で支えながら体勢を整えた。 「あ、の…加藤に言って部室で待たせてもらってました…二年の峰石です」  とりあえず状況説明だけでもしないとどう見ても不審者だろうと思い名乗れば、皆口々に知ってますと返ってきた。 「部長が〝部室にでっかい野良猫が居るからちょっかいかけるな〟って言ってました」  誉を取り囲む一人がそう言うと、相づちを打つように皆一様に頷く。 「野良猫…」     
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