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 あの後、ひとしきり笑って気が済んだのか、加藤は特別室まで荷物を取ってきてくれた。気になって誰か残っていなかったのか訊けば、明かりが点いているだけで誰も居なかったと言われ、ほっとしたような、少しがっかりしたような複雑な気分に陥った。  結局、加藤は誉に何があったのか一切訊かなかった。ただ、薄々は何か感じているようで、道すがら誉の歩調に合わせて取り留めない話をしていた。  別れ際、「よく寝ろよ」と誉の頭をくしゃくしゃと撫でていたその顔は、怒っているのか悲しんでいるのかよく分からない表情だった。 (やっぱり少しは説明した方がよかったな…)  とはいえ、何をどう説明したらいいのかさえ分からない。そもそもレイプされたなどと、ひとに話せるような内容でもないからどうしようもない。 (レイプだなんて…被害者面かよ)  誉は自分自身にいらつき、胸の内で舌打ちした。  確かに初めは無理矢理組敷かれたものの、抵抗は一切しなかった。むしろ受け入れたのだ。心の中で浅ましく欲しがっていたものがそこにあったから。  むしろ被害者は久住の方かもしれない。男の誉なんかを抱くことになって、どんな気持ちでいたのか。誉には知る由もないが、きっと不快でたまらなかったはずだ。  誉は出入り口のガラス窓に額を付けて、そっと息を吐く。揺れる電車と冷えた窓が心地良い。  満員電車で窮屈であるのに、誉はどこかほっとしていた。檻の中に閉じ込められているようで、安心した。     
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