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     9  たしか前にもこんなことがあったな、などと頭の片隅にありながら、そんなはずはないだろうと打ち消す。  一定の間隔をあけ、誉の後方からコツコツと革の靴音が響く。  振り返る勇気もなく、かといって走る体力もあまり無い今、ただひたすら明るいところをあてどもなく歩いていた。 (なんでこんなときに限って誰も繋がらないんだよ!)  自宅と母親、姉と順番に電話をかけてみるものの繋がる気配はない。スマホの画面を憎らしげに見ても何の反応も示さなかった。  この先を進むとコンビニや飲食店などの店舗が少なくなってくる。幸い幹線道路沿いなので極端に明かりが少なくなるわけではないが、駅から離れたぶん、何かあったときに駆け込める交番からも離れ、心許なさが増す。 (たまたま帰り道が同じ方向なんだよ。きっと)  耳に響く靴音を、極力何でもないことのように自分に言い聞かせる。  思い込みによって勘違いされる人は世の中にたくさんいる。だから誉の自意識過剰な勘違いこそが勘違いであって欲しいと思った。  勘違いであれば笑い話だ。むしろ笑われたほうがいい。     
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