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予想外に落ち着いた声を電話越しに聞き、思わず久住の方を振り返った。少しだけ不機嫌を残したまま、口の端を片方だけ上げた表情は、ビーフシチューを御馳走になったあのときに似ている。
どうしてそんな顔をするのだろう。
どうしてそんなに優しいのだろう。
どうして、この場所が分かったのだろう。
どうして、見捨てなかったのだろう。
疑問が浮かび上がるごとに、久住の輪郭がぼやける。反対に、靄がかかったように不鮮明だった記憶が、洪水のように溢れかえってきた。
赤い夕日、濡れた洋服、遥夏の涙、繋いだ手のひら。
一つ一つが昨日のことのように鮮明に思い出される。葬ったはずの過去を掘り起こし、誉は遥夏を想った。
「…っ」
(全部、俺のせいじゃん)
誉は声を押し殺し、久住を見つめたまま泣いた。
***
遥夏のモデルデビューは、小学生の誉にとって人生を揺るがすほどの出来事だった。家族として、姉弟としてとても誇らしいことだった。だけどそれをひけらかすつもりはなかったし、両親からも吹聴することはないようにと言い聞かされていた。ささやかながらも家族でお祝いに焼き肉を食べに行ったことは今でも覚えている。
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