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     11  放課後、宣言されたビーフシチューを振る舞われに、久住の親が経営する飲食店「dining bar K」へ連れて行かれた。一度来店し、何度となく店の前を通ってきたはずなのに、誉はそこで初めて店の名前を知った。自分でも今まで知らなかったのはなぜだろうと頭を捻る。 「普通、分からないと思うよ」  四人掛けテーブルの向かい側に肘をついて肩を竦めたのは、以前少しだけ話したことのある御崎だった。  ただそこに座っているだけで絵になるような華々しさがある。 「そうなんですか?」  誉が問えば、神妙な顔で頷いて、調理場で談笑しているオーナーシェフである久住の父の方をちらりと見遣る。  只今十七時を回ったところで、開店直後ということもあり客はまだ一人もいない。仕事帰りのOLやサラリーマン、大学生などが入店するにしてもいささか早い時間だ。そのため、御崎は時間潰しも兼ねて誉の相手をしている。 「だって、店名がわかるものがないからね」  言われて何となく店内を見回せば、入り口扉、メニュー、グラス、コースター、そのどこにも店名らしきものはなかった。 「…どういうことですか?」     
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