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聞きながら、目の前の皿からほろりと崩れる肉とソースをスプーンに乗せ、一口目を口に頬張る。ビーフシチューの旨味やこくをゆっくり堪能すると、頬が緩んだ。
向かいではテーブルに肘を乗せ、若干通路側に体をはみ出した久住がふっと小さく笑う。客が来ればすぐに席を立てるようにしているのかもしれない。
「お前が食うとやたら旨そうに見える」
「……一口食べる?」
非常に不本意だが、一口くらいならあげてもいいか、と葛藤のすえ久住に尋ねてみると、小さく吹き出された。
「そんな嫌そうな顔で言うとか」
「だってあげたくないし…」
不満顔で本音を漏らせば、今度は声を立てて笑われた。
「なら言うなよ。俺はいつも食ってるからいらねーし」
「いつも食ってんの? バイトするといつも食えんの?」
思わず食いついて聞くと、久住は目を丸くして頷いた。それを見て目を輝かせ「じゃあ」と口を開こうとすると、
「バイトは間に合ってるから」
久住がすっと目を眇めて先に釘をさす。
「だよねー…」
そう言うと、誉はがっくりと肩を落とした。
分かってはいたが、聞く前からきっぱり断られると、自分では戦力にならないとでも言われているようだ。実際、飲食店でアルバイトをしたことのない誉にとって、ウェイターの仕事は未知の世界ではあるから断られても当たり前の話だ。
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